東京地方裁判所 昭和42年(ワ)8051号 判決 1969年9月12日
原告
二階堂郁夫
ほか一名
被告
京王自動車株式会社
ほか一名
主文
被告らは各自原告二階堂郁夫に対し八一万〇五五六円、同二階堂幸江に対し二四万一三九一円および右各金員に対する昭和四一年一二月一四日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの、その余を被告らの、各負担とする。
この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
一、請求の趣旨
(一) 被告らは各自原告二階堂郁夫(以下郁夫という。)に対し五〇〇万円、原告二階堂幸江(以下、幸江という。)に対し二〇〇万円および右各金員に対する昭和四一年一二月一四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(三) 仮執行の宣言。
二、請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告らの請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二、当事者双方の主張
一、原告らの請求原因
(一) (事故の発生)
原告らは、次の交通事故によつて傷害を受けた。
(1) 発生時 昭和四一年一二月一四日午前九時三〇分頃
(2) 発生地 東京都世田谷区鳥山町二一七七番地先路上
(3) 加害車 普通乗用自動車(多摩五き四三六号)
運転者 被告鈴木寿一郎(以下、鈴木という。)
(4) 被害車 普通乗用自動車(多摩五む七四五号)
運転者 原告郁夫
被害者 原告郁夫、同幸江(同乗中)
(5) 態様 左折のため一時停車した被害車に加害車が後方から追突したものである。
(6) 結果原告らはいずれも鞭打損傷を受けた。
(二) (責任原因)
被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。
(1) 被告京王自動車株式会社(以下、被告会社という。)は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、原告らの人損につき、自賠法三条による責任。
(2) 被告会社は、被告鈴木を使用し、同人が同被告会社の業務を執行中、後記のような過失によつて本件事故を発生させたのであるから、原告郁夫の物損につき、民法七一五条一項による責任。
(3) 被告鈴木は、事故発生につき、前方注視義務違反、制限速度遵守義務違反の過失があつたから不法行為者として民法七〇九条の責任。
(三) (損害)
1 原告郁夫について
(1) 治療費 三〇万八六七一円
(2) 通院交通費 二万八九四〇円
(3) 将来の治療費、通院交通費 九万一九一二円
原告郁夫は、治療が長期にわたり、その商治療費の負担が相当多額に達する見込みがあつたので、昭和四三年五月二七日から国民健康保険による治療に切換えた。これによると、現在、原告郁夫は一日おきに(週三回)通院し、牽引、超短波照射の治療を受けているが、治療費としては、二週間分毎の薬代一人二一〇円だけの負担で足りている。従つて、もし、このまゝこれを続けると、これに要する費用は一年間で、薬代五、四六〇円交通費一万五、六〇〇円合計二万一、〇六〇円となる。
右の治療を向後何年間継続すべきか不明であるが、これを仮に五年とした場合ホフマン式計算表のうち複式年別表を適用して計算すると、九万一九一二円となる。
(4) 休業損害 六九万一七一四円
(イ) 原告郁夫は、昭和二八年四月以降日活株式会社の専属演技者であつて、本件事故当時の報酬の決め方は、専属料月額二万七〇〇〇円、総出出演料、日額六〇〇円(但し、原則として十日間の最低保障がある。)、役付出演料一作品につき一万九〇〇〇円とされ、前年度までの実績を勘定して一年毎に専属演技者としての契約を締結していた。同社の作品傾向及び同人の役柄からして、役付出演作品や総出出演の内容は、ほとんどいわゆるアクションドラマであつたが、本件事故後は、アクションものの出演が極めて困難となつたので、次第に役付出演本数はもとより総出出演(いわゆるその他大勢としての出演)も滅ることになつたのである。これを昭和三五年度以降の役付出演本数及び同出演料についてみると、次の通りである。
三五年 二二本 一八一、〇〇〇円
三六年 二五本 二四九、九〇〇円
三七年 二四本 三一一、六〇〇円
三八年 一五本 二一一、八〇〇円
三九年 一八本 二六三、〇〇〇円
四〇年 一三本 二〇九、五〇〇円
四一年 八本 一一一、五〇〇円(四一年は、年末に本数が多くなるのが通例のところ、本件事故によつてこれが出来なかつたので、既に滅少している。)
同人は、本件事故当時いわゆるCクラスの演技者であつたが、昭和四二年四月の契約更新時には、Bクラス(いわゆるバイプレイヤーで、役付出演のみで総出出演の義務がなく他の会社に出演も可能となる。)に昇格することを期待されていたものであつて、事実、同期に入社したものは一、二の例外を除き現在殆んどBクラスに昇格し、演技者としての地位を固めてしまつているこれに反し、原告郁夫は、役もつかず、総出も少くなつたので、Bクラスへの昇格もなくそのまゝ推移したのみか、無理して出演しようと試みたものの、本件事故のため演技者として出演することが不可能だとの理由で、昭和四三年八月三一日限り専属契約が打切られる結果となつてしまつた。このような事情で専属契約が打切られてしまつたこと、及びこのような事情は他社にも知れてしまうので、原告郁夫は、現在完全に失職し、今まで芸能界でつちかつた経験を生かして収入を得る道は殆んど不可能となつたのである。
(ロ) ところで、原告郁夫の過去の実績からみて期待し得る年収入は、契約打切の直前におけるCクラスという地位で計算してみると次の通りになる。
専属料(一カ月二万七〇〇〇円) 三二万四〇〇〇円
総出出演料(一カ月六〇〇〇円) 七万二〇〇〇円
役付出演料(前記の通り) 二一万九七五七円
夏季、年末各一時金(各二万円) 四万〇〇〇〇円
合計 六五万五七五七円
(ハ) ところが、原告郁夫の昭和四二年中の収入は次の通りである。
専属料 一八万九〇〇〇円
総出出演料 四万二〇〇〇円
役付出演料 六万四四〇〇円
年末一時金 二万〇〇〇〇円
合計 三一万五四〇〇円
この結果、原告郁夫が昭和四二年中に受けるべき収入中、現実に減収となつたのは、前記あるべき収入の合計金額から右合計額を差引いた三四万〇三五七円である。
(ニ) 原告二階堂郁夫の昭和四三年中の収入は、同年八月までに日活株式会社から支給されたもの以外に期待することができないのであるが、この金額は次の通りである。
専属料 二一万六〇〇〇円
総出出演料 四万二〇〇〇円
役付出演料 二万六四〇〇円
夏季一時金 二万〇〇〇〇円
合計 三〇万四四〇〇円
その結果、原告郁夫が昭和四三年中に受け又は受けることが期待される収入中、現実に減収となるのは、前記あるべき収入の合計金額から右合計金額を差引いた三五万一三五七円となる。
(5) 将来の逸失利益 二八六万一九二〇円
前述したように、原告郁夫は本件事故のため昭和四三年八月限り失職したが、同人は多年の間芸能界ですごし、着々とその地位をきずいてきたので、今こゝで他に職を得ることはなかなか困難であり、しかも芸能界で例えば他社出品に出演することは契約を打切られた事情及び現在の治療状況からみてほとんど不可能に近い。そこで従来得ていた収入を得るまでの期間を仮に五年間と考え、前記あるべき収入につきホフマン式で算定すると、この間の予測される損害は二八六万一九二〇円となる。
(6) 車輛損害 一〇万円
本件事故当時原告郁夫の運転していた普通乗用車は、昭和四一年八月三一日新車登録したもので、昭和四二年三月二三日の査定当時でも僅かに三四七〇粁(本件事故当時約二、四〇〇粁)であるのに、リヤー部事故形跡(一応修理はしたが痕跡が残り、このような事故車は価値が下落する)ため二一万円と査定されている。この車の購入値段は四八万円であつて、たとえ登録済みの車は新車といえども値段が下落するとされても、少くとも本件事故により値段が下落し、その損害一〇万円を下らないとみるのが相当である。
(7) 慰藉料 二〇〇万円
本件事故による原告郁夫に対する慰藉料算定にあたつては、前述の如き諸事情の他に、当時三才の幼児を抱えていたこと、しかも事故後病気をしたが、事故のため満足に看護できなかつたこと、このような家庭事情から入院する等による満足な治療を受けることができず、止むを得ず通院せざるを得なかつたこと等からみて二〇〇万円が相当である。
2 原告幸江について
(1) 治療費 一二万〇〇一〇円
(2) 通院交通費 六五八〇円
(3) 将来の治療費、通院交通費 三万五一七六円
原告幸江は、原告郁夫と同様に、二週間に一回の割合で通院しており、原告郁夫と同じ期間通院するとした場合三万五一七六円となる。
(4) 休業損害 二一七万三一一四円
原告幸江は、本件事故当時、二階堂学園の事務職員であり、昭和四二年四月以降同学園経営の日本女子体育大学の講師になるべく、教員免許切換の用意をしていたが、本件事故によりこれが不可能となつたため、今なお、右学園の事務職員のまゝである。この結果、同人より一年後輩で同様の経過を逆つたものとの間で、月額にして一万三三〇〇円の収入減となつてしまつた。このような差は、将来、仮に、同人が昇給を続けたとしても、なお依然として継続されるべきものであるから、これを前記同様ホフマン式計数表により、向後二〇年間(昭和四二年四月以降昭和六二年三月まで)につき計算すれば、二一七万三一一四円の損害が予測されるのである。
(5) 慰藉料 一〇〇万円
(四) (損害の填補)
原告郁夫は自賠責保険から三〇万六一七七円、原告幸江は、同じく三四万九四四三円の支払いを受け、これを原告らの各損害に充当した。
(五) (結論)
よつて、被告らに対し、原告郁夫は右損害額のうち五〇〇万円、原告幸江は、右損害額のうち二〇〇万円およびこれに対する事故発生の日である昭和四一年一二月一四日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、請求の原因に対する被告らの答弁ならびに抗弁
(一) 第一、第二項は認めるが、第三、第四項は知らない。
(二) (損害の填補)
被告は、本件事故発生後、治療費として、原告らに対し二二万四二五〇円、休業損害として、原告郁夫に対し一四万三八一六円、同幸江に対し一万〇九〇七円の支払をしたので、右各金額は控除されるべきである。
三、抗弁に対する原告らの答弁
被告ら主張の金額を受領したことは、認める。
第三、当事者双方の提出、援用した証拠〔略〕
理由
一、(事故の発生、責任原因)
請求の原因第一、第二項は、当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告会社は自賠法三条、民法七一五条一項、被告鈴木は同法七〇九条によりそれぞれ本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任があるということができる。
二、(損害)
(一) 原告郁夫について
(1) 治療費
〔証拠略〕によれば、原告郁夫は、本件受傷により、治療費として、三〇万八六七一円を支出したことが認められ、原告郁夫は同額の損害を受けたものということができる。
(2) 通院交通費
原告郁夫は、通院交通費として二万八九四〇円を支出したと主張するが、本件全証拠によるもこれを認めることができない。
(3) 将来の治療費、通院交通費
〔証拠略〕によれば、原告郁夫は、本件受傷により、現在、週二回の割合で代々木病院に通院治療を行い、一回あたり、治療費として三〇〇円、交通費として一八〇円の支出を余儀なくされていること、そして、右治療を少くとも三年間継続することを要することが認められるから、年五分の割合による中間利息を控除すると一二万四四一六円となることが認められる。
(4) 休業損害
〔証拠略〕を総合すると、原告郁夫は、本件事故当時、日活株式会社の専属演技者であつて、年間、専属料三二万四〇〇〇円、総出出演料七万二〇〇〇円、役付出演料平均二一万九七五七円、夏季、年末各一時金四万円、合計六五万五七五七円の収入を得ていたこと、原告郁夫は、本件受傷により仕事を休まざるを得なくなり、その結果、昭和四二年度においては専属料一八万九〇〇〇円、総出出演料四万二〇〇〇円、役付出演料六万四四〇〇円、年末一時金二万円、合計三一万五四〇〇円の収入しか得ることができず、しかも、昭和四三年八月三一日限りで専属契約が解除される結果となつたため、同年度においては、専属料二一万六〇〇〇円、総出出演料四万二〇〇〇円、役付出演料二万六四〇〇円、夏季一時金二万円、合計三〇万四四〇〇円の収入しか得られなかつたことが認められる。そうだとすれば、原告郁夫は、本件事故がなければ、右二年間において受けるべき収入から現実受けた収入との差額合計六九万一七一四円を逸失じたものということができる。
(5) 将来の逸失利益
〔証拠略〕によれば、原告郁夫は、本件事故により前記傷害を受け、現在なお通院加療を余儀なくされていみが、後遺症として、外傷性頸性頭痛症候群を遺し、右症状は、将来少くとも三年間にわたつて遺ることがうかがわれる。ところで、前記認定の後遺症にもとづく労働能力喪失率については、労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表および労働基準局通達別表労働能力喪失率を基準として定めると、原告郁夫の後遺症は、第一二級にあたり、その労働能力喪失率は一四%とするのが相当である。ところで、原告郁夫が本件事故当時は年収六五万五七五七円を得ていたことは前示認定のとおりであり、右により算定した金額から年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、労働能力喪失による損害は二四万七八七三円となる。
(6) 車輛損害
原告郁夫は、本件事故により被害車の価額が一〇万円下落したと主張するが、〔証拠略〕をもつても、これを認めることは困難である。
(7) 慰藉料
原告郁夫は、本件受傷により通院治療をしたが後遺症を遺したことは前示認定のとおりであるから、その慰藉料としては、五〇万円を相当とする。
(二) 原告幸江について
(1) 治療費
〔証拠略〕によれば、原告幸江は、本件受傷により治療費として一二万〇〇一〇円を支出したことが認められ、原告幸江は同額の損害を受けたものということができる。
(2) 通院交通費
原告幸江は通院交通費として六五八〇円を支出したと主張するが、本件全証拠によるもこれを認めることができない。
(3) 将来の治療費、通院交通費
〔証拠略〕によれば、原告幸江は、現在すでに通院治療をしていないことがうかがわれるから、原告幸江の右主張は理由がない。
(4) 将来の逸失利益
〔証拠略〕によれば、原告幸江は、本件事故当時、二階堂学園の事務職員であり、昭和四二年四月以降、日本女子体育大学の講師になるための教員免許取得の用意をしていたが、本件受傷により昭和四一年一二月一四日から昭和四三年三月二六日頃まで通院治療を余儀なくされ、結局これを取得することができなくなり、一カ月当り講師と事務職員との差額一万三三〇〇円の収入を失つたこと、しかし、原告幸江は、後遺症として外傷性頸性頭痛症候群を遺すとはいえ体育講師としての仕事に耐えられない程度のものではないこと、二階堂学園、日本女子体育大学はいずれも原告幸江の夫である同郁夫の父二階堂清寿の経営にかかるものであることが認められる。そうだとすれば、原告幸江が失つた一カ月当り一万三三〇〇円の差額は、二年間に限つて本件事故に基因するものというほかはなく右金額から年五分の中間利息を控除して算定すると二九万三八五六円となる。
(5) 慰藉料
原告幸江が本件受傷により通院治療をしたが後遺症を遺じたことは、前示認定のとおりであるから、その慰藉料としては三〇万円を相当とする。
三、(損害の填補)
原告郁夫が自賠責保険から三〇万六一七七円、同幸江が同じく三四万九四四三円の支払を受け、各損害に充当したことは原告らの自認するところであり、又、被告らから治療費として原告らが二二万四二五〇円、休業損害として、原告郁夫が一四万三八一六円、同幸江が一万〇九〇七円の各支払を受けたことは当事者間に争いがない。そこで原告らが被告らから受領した治療費二二万四二五〇円については各二分の一づつ原告らの各損害に充当するものとして、以上の金額を原告らの各損害から控除すべきことになる。
四、(結論)
よつて、被告らに対し、原告郁夫は八一万〇五五六円、同幸江は二四万一三九一円および右各金員に対する本件事故発生の日である昭和四一年一二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 福永政彦)